火山帯に抱かれ、温泉湧出地数世界一を誇る日本。その地下に眠る膨大な熱エネルギーは地熱発電として活用できますが、導入量は総発電比率のわずか〇.三%にとどまります。「掘削コストが高い」「温泉資源と競合する」など課題が語られる一方、二四時間安定出力できるベースロード型再エネとして期待が再燃。本稿では探査から掘削、三方式の発電技術、温泉共生策、コスト構造、政策支援、国際比較、拡大の鍵となるEGSまでを五千字超で体系的に整理します。

地熱発電の仕組みを一気に理解

地殻深部でマグマが加熱した地下水や蒸気を地表に取り出し、タービンを回して電気を得る方式が地熱発電の基本です。熱水の状態に合わせ、以下三方式が世界で用いられています。

① ドライスチーム方式

一五〇℃以上の乾燥蒸気を直接タービンへ導入。配管がシンプルで効率も高いものの、世界でもカリフォルニア・ガイザースなど限定的な資源でのみ成立します。

② フラッシュ方式

一八〇〜二五〇℃の高温熱水を減圧し、瞬時に蒸気と熱水へ分離(フラッシュ)。蒸気はタービンへ、残り熱水も二段フラッシュでエネルギーを余さず活用。国内主流で九州・東北に多い。

③ バイナリー方式

一〇〇〜一八〇℃の中低温熱水を、沸点の低い媒体(イソブタンなど)に熱交換して蒸気化し、ORCタービンを回転。小規模分散型に適し、温泉廃熱利用や既存井戸活用で導入が拡大中です。

探査から運転までのプロセス

1 地表調査

航空赤外線、磁気、重力測定で熱源推定。温泉化学分析から地下温度を間接把握し、有望エリアを特定。

2 掘削探査井

直径二六センチ、深さ一〜二千mの井戸を試掘。温度・圧力・透水率を検層し、埋蔵ポテンシャルを数値化。成功率は三〜五割で、リスクマネー確保が課題。

3 生産井・還元井整備

商用段階では複数の生産井と還元井をペアで配置。採取した熱水を地層へ戻すことで貯留層圧を維持し、資源枯渇と環境影響を防ぎます。

4 プラント建設と系統連系

汽水分離器、タービン、復水器、冷却塔、バイナリー熱交換器を設置。送電線や調整池がネックのケースは小型モジュール接続で段階的に増設する手法が注目されています。

コスト構造と収益モデル

地熱は初期投資が大きく、運開後のランニングコストが低い“資本集約型”。

CapEx内訳

掘削三〜五割、プラント機器二割、土木・配管一割、管理費ほか。掘削成功率を高めるデジタル双子やAI坑井計画がコスト削減の鍵。

FIT・FIP単価

一万五千kW未満は四〇円/kWh(FIT)、一万五千kW以上は二一円。二〇二七年以降は発電実績+市場価格連動のFIPに移行予定で、稼働率が高い地熱は有利と言われます。

熱併給・カスケード利用

バイナリー後の七〇℃熱水を温浴施設・雪溶かし・農業ハウスへ供給し、最大二円/kWh相当の追加収益を確保した秋田県事例が報告されています。

温泉資源との共生策

温泉法との関係

温泉源から三km圏、鉱泉地から五km圏で掘削する場合は温泉法許可が必要。インバランス試験で温泉流量・温度へ影響が極小であることを実証するフローが確立しています。

地元還元モデル

発電収益の一%相当を温泉旅館の省エネ改修基金へ拠出、観光とエネルギーの両輪で地域経済を回す“地熱地域新電力”が九州で成功。

環境影響とモニタリング

地盤沈下と誘発地震

蒸気単独回収が続くと貯留層圧低下で沈下を招く恐れ。還元井で循環量をバランスし、高精度GNSSで沈下を監視。誘発地震はマグニチュード一未満がほとんど。

硫化水素対策

排気塔にスクラバーを設置、溶解液を鉄塩と反応させ硫黄を回収。H₂S濃度を大気基準の五分の一以下に抑制する事例が多数。

国際比較と日本の位置づけ

世界装置容量一四GWのうち、米国二.七GW、インドネシア二.六GW、フィリピン一.九GWがトップ三。日本は〇.五六GWで九位ながら、技術・資源量はトップクラス。

次世代技術:EGSと超臨界

EGS(拡張地熱系)

熱は高いが透水性が低い岩盤へ人工的に割れ目を造成し、循環水を通す技術。秋田・大分でデモ井戸が好結果を示し、二〇三〇年代商用化が視野に。

超臨界地熱

三七四℃・二二MPa超の超臨界水は熱エネルギー密度が二倍。掘削難度は高いが、一基で三〇〇MW級が期待され、国際共同研究が始動。

政策支援とスケジュール

経産省「地熱イノベーションロードマップ」は二〇四〇年までに導入六GWを目標。調査掘削費の三分の二補助、長期低利融資、環境アセス簡素化が進みます。

導入の鍵となるアクション

地域合意形成

温泉組合・自治体・発電事業者が三者協定でモニタリング・利益配分・観光振興を明文化し、対立を予防。

探査リスク共有

保険スキームや国のリスクマネー基金を活用し、民間資本の参入障壁を下げる。クラウドファンディングで地域住民も出資する事例が増加。

熱需要家とのマッチング

食品工場・温泉施設・雪氷熱利用センターなどを周辺に誘致し、電熱一体型の採算性を高める“地熱エコタウン”が注目されています。

まとめ

地熱発電は二四時間稼働の安定電源かつ国産エネルギーであり、先送りできないベースロード多様化の切り札です。探査成功率向上、温泉共生、EGSへの挑戦という三つのステップを着実に進めることで、温泉大国の地下熱を本当のクリーンパワーへ転換できます。まずは地域熱資源マップを確認し、自治体・温泉事業者・エンジ会社と連携した初期探査に着手しましょう。

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