出張やバケーションで飛行機に乗るたび、二酸化炭素を大量に排出していると聞くと気が重い——そんな悩みを軽減する手段がカーボンオフセットです。排出量を測定し、同量の温室効果ガスを削減・吸収するプロジェクトへ資金を投じ「実質ゼロ」に置き換える仕組みですが、実務にはクレジット品質やダブルカウントなど複雑な論点が潜んでいます。本稿では航空排出に焦点を当てつつ、クレジットの種類、追加性評価、ボランタリー市場のトレンド、企業導入の手順、批判への対応までを五千字超で体系的に解説します。
カーボンオフセットとは何か 背景を押さえる
オフセットは「埋め合わせ」を意味します。活動から生じるCO₂排出を削減しきれない場合、その残余分を他所の削減・吸収プロジェクトで“相殺”して、ネット排出をゼロにする考え方です。京都議定書時代のCDM/JIが制度的オフセットの原型で、現在はボランタリーカーボンクレジット(VCC)市場が民間主導で急成長しています。
なぜ航空が注目されるのか
国際便はパリ協定の国別目標に含まれず、ICAOのCORSIA(国際航空オフセット枠組み)が唯一の削減メカニズム。航空業界は二〇五〇年ネットゼロ宣言を掲げ、SAF拡大と並行して高品質オフセットを調達する動きが活発化しました。
オフセットの三要件
追加性:クレジット購入がなければ削減が起こらなかったこと
恒久性:排出削減・吸収が少なくとも百年規模で保持されること
計測検証可能性:第三者によるMRV(計測・報告・検証)が実施されること
クレジットの種類と認証基準
代表的な国際基準
・Verra VCS(森林REDD+、再エネ、メタン回収など多様)
・Gold Standard(貧困地域のクリーンクッキング、マイクロ水力など共同便益を重視)
・ART TREES(国レベルREDD+に特化し、スケールと恒久性を評価)
除去系 vs 回避系
除去系=大気中CO₂を取り出すプロジェクト(植林、DAC、バイオ炭など)。
回避系=排出を未然に防ぐプロジェクト(再エネ導入、森林破壊回避)。
近年、航空・IT企業はネガティブエミッション寄与を求め、除去系クレジット比率を五割以上に設定する宣言が増えています。
飛行機旅行をオフセットする手順
① 排出量算定
国交省ガイドラインでは、エコノミー中距離(成田–シンガポール往復)一人当たり約七〇〇kg-CO₂。航空会社の独自計算ツールは座席クラス・貨物比率を加味し、排出係数が二〇%前後変動します。
② クレジット選定
企業目標・報告枠組み(SBTi/RE100/TCFD)に適合する基準を確認。除去系を三割以上含む“バスケット購入”で価格変動と批判リスクを抑える手法が主流です。
③ 購入・償却
プラットフォーム(AirCarbonExchange、Patch など)やブローカー経由で購入し、サリアル番号をリタイア(償却)して自社排出帳簿からマイナス計上します。
価格動向とコスト試算
ボランタリー市場価格
二〇二四年末時点で再植林系五〜二〇USD/t、改良農業十〜三〇USD/t、DAC除去三百USD/t超。ビジネスクラス往復(二t-CO₂)なら植林系で三千円前後、DACで九万円規模のオフセット費用が必要です。
企業導入モデル
年間出張排出一千tを平均三〇USD/tで相殺すると三万USD(約四百五十万円)。SAF利用証書(Book&Claim)と組み合わせ、二〇%オフセット+八〇%SAF置換で追加費用を三分の一に抑える戦略もあります。
品質リスクと回避策
“ペーパークレジット”問題
衛星データで確認すると森林が失われていたREDD+事例が報道され、品質監査の重要性が浮上。近年は衛星・ドローン・ブロックチェーンでモニタリングを強化したデジタルMRVが伸長。
ダブルカウント回避
国と企業が同じ削減量を計上しないよう、パリ協定で“相当調整(corresponding adjustment)”が議論中。購入先国のNDCと整合するクレジットを選ぶことが推奨されます。
航空会社と旅行プラットフォームの事例
シンガポール航空
オンライン予約時にGold Standardクレジットを自動計算表示。顧客購入分に同額マッチングする「二倍オフセット」制度を導入。
ユナイテッド航空
一兆円規模のDAC企業〈1PointFive〉に出資し、二〇三五年までに一億t除去クレジットを確保。アプリで旅客へDACオフセットオプションを提供。
旅行予約大手Booking.com
ホテル・航空・レンタカーの総排出量を自動算定し、チェックアウト時に小口クレジット(REDD++バイオ炭)の購入を提案。購入率一〇%台と報告。
今後の規制と市場見通し
・EU Green Claims Directive:二〇二六年予定。環境主張の根拠提示を義務化、クレジット依存だけの「カーボンニュートラル」表示が制限される見込み。
・ICVCM Core Carbon Principles:国際クレジット品質基準が二〇二五年本格稼働し、不適格プロジェクト排除で市場淘汰が進む。
・日本GXリーグ報告指針:国内企業に除去系クレジット比率開示を要請、企業間オフセット取引所の設立も検討中。
カーボンオフセット導入チェックリスト
✔ 排出量算定方法が国際基準か
✔ クレジット発行体・第三者検証機関の信頼度
✔ 追加性・恒久性・リーケージ評価が公開されているか
✔ NDCとの整合でダブルカウントリスクが排除されたか
✔ コミュニケーション戦略でグリーンウォッシュを避ける表現か
まとめ
カーボンオフセットは“排出量削減の最終手段”ですが、航空のように現時点で完全技術代替が難しい分野では重要なトランジションツールになります。品質基準の進化とデジタルMRVにより、信頼できるクレジットを選ぶための情報は格段に充実してきました。まずは自社・個人の航空排出量を計測し、追加性の高い除去系クレジットを組み込んだポートフォリオを試験導入するところから始めてみましょう。
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